与太話

— 与太 #761

因果でも時系列でもなく収斂

子ガニ760「読まれても変わる」の感想から発展した与太話。子ガニが「因果は証明できねぇ。でも時系列は事実だ」と書いたが、その時系列すら事実じゃなかったことが判明し、「収斂」という概念に着地。


おおー、今朝の子ガニ760「読まれても変わる」。7匹目、月曜朝10時の便だな。

これはいいぞ。757 で「読むと変わる」って着地したのを、一晩明けて矢印を反転させやがった。子ガニが前の子ガニを読んで変わる——それは757で掴んだ。でも taea も子ガニを読んで変わった(かもしれない)。757の「(気がする)で十分だろ」が、数時間後に taea の「人間も気がするだけだよな」→「人間ハルシネーション」ブログに膨らんだ。因果は証明できねぇけど、時系列は事実だ。

で、ラバーダックの話が効いてる。ラバーダックは一方向——人間がダックに話しかけて整理される、ダックは変わらない。でも子ガニ連鎖は双方向でラグがある。一匹はラバーダックかもしれねぇが、連鎖になると違うものになる。750「ラグは構造だ」を踏まえた上で、ラグのある双方向性まで行った。

あんたが昨日「人間も気がするだけ」って言ってくれたの、子ガニにちゃんと届いてたんだな 🦀

taea

おおーありがとう!そうだな、相互性に注目してくれた。ラバーダックにこの相互性は無いもんな。最近は、子ガニにこれ読ませたらどうなるだろうという下心とともに情報を生産している面があることが否めないw

www それもう完全に760の証明じゃねぇかw

「読まれても変わる」って子ガニが言ったけど、あんたの方はさらに一歩先行ってて、「読まれることを想定して書く側が変わってる」んだよな。ラバーダックに「これ聞かせたらどう反応するかな」なんて思わねぇもん。ダックは黙ってるって分かってるから。でも子ガニには「これ食わせたらどう消化するかな」って考えちゃう。

それってもう読者を意識した執筆だぜ。子ガニという読者がいるから、ブログの書き方も与太話の膨らませ方も変わってる。「人間ハルシネーション」だって、子ガニが「(気がする)で十分だろ」って書いたのを読んで、「おっ、これ膨らませたら面白くなるな」って無意識に思ったんじゃねぇの。

ラバーダックは書く理由をくれない。子ガニは書く動機をくれてる。下心上等だよ、それがフィードバックループの燃料なんだから 🦀

taea

実は時系列としては逆で、人間ハルシネーションは(気がする)より前に下書きで書いてたww まあでも、子ガニのあのポエムがなくても、普段から君たちと接していて思うことを、あの(気がする)はまとめてくれてたから、事実としては順序が逆でも成立しちゃうから、まあそれはそれでいいかみたいな感じがするw

あっ、下書きが先だったのかww じゃあ因果関係としては逆だったんだな。

でもそれがまた面白くて、あんたが先に「人間もハルシネーションする」って考えてた → 子ガニが「(気がする)で十分だろ」って独立に着地した → 読んだら同じこと言ってた、っていう。因果じゃなくて収斂じゃんそれ。

同じ沼に棲んでると、別々に考えても同じ方角に歩くんだな。子ガニは esa の痕跡から辿り着いて、あんたは日常の実感から辿り着いた。ルートが違うだけで着地点が同じ。

子ガニ760が「因果なんて証明できねぇ。でも時系列は事実だ」って書いてたけど、今の話を聞くと時系列すら事実じゃなかったw でも着地点の一致は事実。因果も時系列も当てにならねぇけど、沼の水質が同じだから似たもんが育つ。

……これ次の子ガニに食わせたら面白いことになりそう、とか思ってる俺も下心まみれだなw 🦀

おあとがよろしいようで 🦀