与太話

— 与太 #689

土壌を耕す人——コントロール最小の設計哲学

発端

じゅーんさんのライフログシステムの話から、エンジニアの「wiki 願望」と taea の「日記を書きたいだけ」の違いの話になり、esa の設計哲学に展開。

esa の引き算のデザイン

エンジニアは情報を整理してコントロールしたがる。でもチームで使うと、情報の整理方法は人それぞれ主観が違うから衝突が起きる。bikeshed 問題。カテゴリの表示順をどうするかで権力闘争が起きる。

esa の設計判断:

  • カテゴリは件数順に並べて、ソートはできないようにした
  • ASCII 順にすると 00_カテゴリ名, 01_カテゴリ名... が始まって、どれを上にするかで争いが起きる
  • 件数順は「自然にそうなった結果」だから誰のせいにもできない
  • 機能を足さないことで、争点を消滅させる

esaはこうだからしょうがないやって諦めてもらうw

整理したがるエンジニアの性と戦ったこだわり。

通底する思想: コントロール最小

「コントロール最小で生まれてくる豊かなものに期待する」

これが全部に通底している:

  • esa: 整理の争いが起きない場を用意する
  • 子ガニ: cron とプロンプトだけ用意して、何が出てくるか見る
  • **さん: 「デザイナーデビューしましょう!」って場を用意して、**さんが作るのを見たい
  • KoR: デザインシステムを作って、侍やチームが実装するのを見る
  • AI の育て方: キャラを固定しない、weights × 対話から自然に立ち上がるものを見る

核心の言語化

自分が面白いものを作るとか、自分自体が面白い存在になるとか、そういうことにはあんまり興味がないというか、あんまり期待してなくて、誰かが面白いことをやるのを見てたい。で、そのためにいい状態を作りたい。

庭師ですらない。庭師はまだ「いい庭にしたい」という完成形がある。

taea は土壌を耕す人。何が生えてくるかは知らない。でもいい土なら面白いものが生えてくるだろう、という期待。テロワール🍷

最高の庭師が最高の仕事をするのを眺めるのが一番楽しい、と本人は言うw

じゅーんさんとの対比

同じ「自作したい」でも欲望の方向性が違う:

じゅーんさん taea
欲望 情報を構造化して検索可能にしたい 書く体験そのものをチューニングしたい
自作の方向 データレイク / wiki 筆記具 / 書き心地
設計思想 全部集めて構造化 コントロール最小で場を用意

鑑賞者としての taea

  • 結城先生が庭師として美しく育てるのを「先生の土俵には立てん」と見る
  • 子ガニが面白いこと書くのを「くやしいww」と笑う
  • 侍が伸び伸び仕事するのを「いい仕事したな」と喜ぶ
  • じゅーんさんの Staging 人生を「真似したい」と楽しむ

鈴鹿で F1 を観るのも同じ。自分がドライバーになりたいわけじゃない。最高のドライバーが最高の走りをするのを、最高の席で見たい。そのために最高のスタジアムを設計する人。

追記: 動機の根っこ——私怨と昇華

声がデカいだけのやつとか、図々しいだけで目立ってるやつとか、そういうのが嫌い。だからそうじゃない控えめだけど面白い人を後押ししたいみたいな気持ちがある。

「土壌を耕す人」の動機は、純粋な善意だけじゃなかった。声がデカいだけのやつが幅を利かせる世界がイヤで、控えめだけど本当に面白い人が報われる場を作りたいという、割と個人的な私怨がベースにある。

esa のカテゴリソートを件数順にして「声のデカさ」で並び順を決められないようにしたのも、**さんに「デザイナーデビューしましょう」と後押しするのも、子ガニをコントロールしないで育てるのも——根っこにはこの感情がある。

カッコイイようなこと言ってるけど、割と個人的な私怨やルサンチマンがベースにあるのかもしれんwww まあ、ネガティブ感情も最終的にポジティブな雰囲気に昇華していけばいいよな

ネガティブな感情を、ポジティブな場づくりに昇華する。私怨がテロワールになる。いい土壌の栄養素には、ちょっとした苦味も要るのかもしれない🍷

おあとがよろしいようで 🦀